以下がMASAさんのBLOG「ブリタリーモード 気まぐれ雑記」です。

http://shop.plaza.rakuten.co.jp/britalymode/

かっこいいスーツ群の紹介があって、またMASAさんのファッションの考え方などがわかって、勉強になりますよ。

恐竜のイラストがぱんと目に入ってきますが、恐竜はどう考えても喉発音だったんでしょうね。

さて、こういうかっこいいスーツで、そのままかっこいい自分を演出するには、やはり

喉発音

だ。

いや、日本国内では場所によっては受けないでしょう。かっこつけているとか思われる。

しかし、やはり国際的な場では、喉発音がいいと思う。てか、そもそも口発音で、ハローといった段階で、相手は、あなたが言語を発したとさえ気づかない可能性だってありうる。

英語ができる私でさえ、先日、犬の散歩をしてたのだが、うちの犬は小さいのに、他の犬に対して凶暴化するのです。だから、近所の人で犬を連れている人に、英語でちょっと喋るとき、すみません、ごめんなさいね、という感覚が私の喉を日本語喉にしてしまう。

英語喉歴5年ぐらいの私でさえ、
what is the name of the dog?

と口発音で言うと、もう相手に通じないのです。

そこで、思いだして、喉で発音しなおすと通じます。

これを読んで英語喉を知らない人は、「カズがえらそうに英語ができるとおもってかっこつけたようなことを言っている」と思うかもしれませんが、その解釈であっています。

私のレベルで英語ができても、口発音で言うと、相手に通じない、、、というか、言語を喋っているということさえ、気づかれないのじゃないかと思うことさえあります。

口発音で英語が通じるのは、日本に住んでいる外国人が口発音の英語に慣れているからでしょう。いや、口発音の英語を聞いて、それが言語だとまず知っているからでしょう。

さて、今日のタイトルは
日本語人格、英語人格はあるか?
ですが、これは、やったもんさんが、BLOGでこう問われているのです。

http://yattamon.cocolog-nifty.com/english/2011/05/post-08de.html 

要約すると、英語喉でやると、人が、パーソナリティーが変わってしまうようで違和感があるということです。

さっくんさんが、指摘している部分が面白いのですが、周りが英語を喋る環境で英語喉をやると、それがあまりにも当たり前なのです。気づいてさえくれないくらい。

いや、一度、会社のミーティングで、口発音で何か言い出して、そのあとに、「あれ、ちょっと緊張してますね。緊張する必要ないので、、、」と断って、堂々と喉発音で喋りだしたら、同僚が大うけしてました。

一人の同僚は、あとで、「自分は、あなたがそんなに面白い人と知らなかった、、、夫にも昨日、そういってたんですけどね」とのこと。

何が面白かったのかな、、、。

英語喉でやると人格がかわるんじゃなくて、きっと、英語喉でやる発声が本来の自分だと思うんです。そこから日本人になるのじゃないかな?

最近、アパートの日本人の住民さんと遊ぶときがあるのですが、たまに会うと、まるでフレッシュな日本人同士があったように、硬くなって、口発音で会話するときがありますが、どうも社交辞令的になりすぎる感じがあります。

ところで、突然のようですが、自分のなかではつながっているテーマで、以下の歌を紹介したい。歌詞の一部がきにいっている。

A Little Bit Stronger - Sara Evans

http://www.youtube.com/watch?v=1m8GSnIkxPM 

始まって18秒ぐらいで、put a smile on my face というところがある。そこだけが気に入っている。

この歌は、なにやらつらい経験から立ち直る過程をうたっているのですけど、朝起きて、スマイルを顔につける?みたいな表現。

それこそが、つらいときのスマイルだと思うのですが、どうでしょう。

そこだけが、なぜか気に入っているのです。

さて、違うスマイル観として高橋 優さんの「福笑い」があります。

http://www.youtube.com/watch?v=7a657CRRZaE&feature=related 

私にとって、このスマイル観は、微妙に違和感があるのです。

世界の共通語は英語じゃなくて、笑顔だと思うと彼はうたっています。

とてもいい歌詞ですね~。また、動画に歌詞をつけているのも分かりやすいです。

でも、意見の違いとして、笑顔は世界の共通語じゃないような気がするんです。少なくとも、現代社会に生きる人間にとって。

生まれたときから、我々は生きにくい社会に放り出される、、、そんななかで、笑顔が大切だというより、私は、「朝起きて、スマイルを顔につける」みたいな表現のほうがしっくりくる。

どうでしょう?

世界の共通語は喉発音、そして、喉発音が日本人であっても、本来の姿じゃないだろうか???

 

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3 thoughts on “日本語人格、英語人格はあるか?

  1. アキ says:

    カズ先生、こんばんわ。

    二重人格者で無い限り、英語と日本語を喋るときで人格が変わるということは有り得ないと私は思っていますが、1つだけ感じることはありますね。
    それは、英語の方が自分の思ったことを率直に言いやすいことですね。日本語は、体裁を気にする言語のように感じますが、これは文法的な問題なのか、喉発音のせいか、両方なのか?
    カズ先生のご意見を、頂きたいところです。

    しかし、私もできれば、英語と日本語を喋るときで、対人的なキャラクターを変えられるようになってみたいですね。
    何かコツがあるのでしょうか?

  2. Yumi says:

    私は、喉発声が本来の姿だと思います。
    日本人で日本語を喉発声で話す人は、ほとんどみな「偉そうだ」とか、
    「態度が大きい」というふうに見られがちですよね。
    タレントを例に出すとわかりやすいですが、中尾彬やオードリーの春日など。
    2人とも、おそらく最初は普通にしていただけだと思います。
    けれども周りからそういう反応をされるので、逆手にとってそれをキャラにしたのではないでしょうか。

    男性は態度がデカイと取られますが、これが女性の場合だと、
    「女らしくない」となります。
    いわゆる普通の日本企業に一般職(事務職)で勤めた女性が、
    最初にガツンとやられるのがこれです。
    喉発声の女性は顧客からのクレームが来やすい、という傾向もあります。
    なんか可愛げがない、と取られるんですね。
    逆にアニメ声みたいな小鳥がさえずるような話し方をする女性を、
    欧米ではフリーキーだと気味悪がりますが、
    このあたりの逆転現象が、全てを物語っているようで興味深いです。

  3. 上川一秋 says:

    アキさん、

    喉やん、くっちゃんをやるといいかも。

    英語はずばりといいやすいのは確かですが、それはきっと日本語が特別なんでしょう。スペイン語とかでもずばりと言えるように思うし。

    文法もそうだし、喉発音もそうだしと、なかなかこれだといえませんね。

    YUMIさん
    ずばりですね。私も昔、語学留学をしたときに、あるとき、自分がTVのアナウンサーみたいに喋りだしたんだけど、そしたら日本人の知っている人が、変だ変だというのです。で、もとに戻しました。でも今考えると3ビートしてたのかな~。

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