剣道を始めて2週間、これまで稽古に3回参加したのだが、日本と教え方が違う。アメリカの剣道は、リラックスせよと説明する。日曜日に参加したとき、いやになるほど「切り返し」の練習をさせられたのだが、リーダーいわく、その過程で体をリラックスさせるというのだ。
日本で6年間、剣道をやったが、リラックスさせるという発想は一度も聞いたことがないし、自分自身でも考えたことがない。しかし、そういえば、試合で1分、2分で、体がばててしまうことは経験していた。リラックスなんてしていたら、たるんでいる感じがして、逆に怒られてしまっただろう。
今思うと体に力がはいりすぎていたのだろう。
アメリカでジムに行って、ストレッチをするときに、体に力を入れるなと指導を受け、これもはじめてだった。そうか~。小学校のときなど、体が柔らかくて、体育の得意なクラスメートがいたが、あれは、体をリラックスさせていたのだな。
そのクラスメートは走るとき、ストレッチをするとき、跳び箱をするときなど、他の生徒とくらべてフォームが優雅だった。あれはリラックスしていたということなのだな。縄跳びだって、ずばぬけていた。あれも、リラックスして、エネルギーをセーブしながらやっていたのだろう。
しかし、なぜ体育の先生がそういうことを言ってくれたことはない。
いや、しかし、リラックスしてやっている運動が得意の人から見ると、他の人が力んでいることは分かるのじゃないか?それを黙っていたのかな~。リラックスするってのがコツだとばれると、自分の運動マンとしての地位があやうくなる?あるいは、自分では意識していないのかもしれない。
日本人は海外のロックシンガーが絶唱しているのをみて、シャウトスタイルと呼ぶが、応援団のように、りきんで発声しているとイメージしているのではないだろうか?あれは、リラックスしてあの声を出しているのだ。
ロックシンガーは、日本人の感覚で見ていると、苦しそうな顔をして歌っている。しかし、発想の転換をしよう。あれは、リラックスしようとしているのだ、、とイメージして、同じ様子を見ると、見えてくる。
リラックスしている、、というのが見えてくる。ジャニスジョプリンといえば、日本人の感覚では、絶叫スタイルの見本みたいだ。しかし、この動画をみて、実はリラックスしているんだ、苦しい顔をしているんじゃなくて、あれは、力みをなくしリラックスしている顔なのだと、洗脳するぐらいとなえて、この動画を見てみよう。
どうしてもそう見えないときのコツだが、この苦しそうな顔は、りきんでしまうのを一生懸命、防ごうとして、結果、こういう顔になっているのだと想像してみよう。そして、自分でカラオケをやるときなど、まねをしてみるのだ。
思うのだが、日本のロックシンガーのアマチュアのあいだで、まず声をつぶすみたいな感覚があるのではないだろうか?結果、応援団のようながらがら声になってしまう。しかし、いまいち、外人のロッカーの声と違う、、、と悩む人がたくさんいるのではないだろうか?声をつぶしてはいけないのだ。大切なのは、リラックスすることである。
これは日本屈指のロックシンガー、スーパーフライだが、またしても、リラックスしているからこれだけの歌唱が可能となるのだ。
日本人の感覚で、横柄、ふてぶてしくみえる、いわゆる「外人さん」。あれは、リラックスしているのだ、、、と理解する。さらに、リラックスしていない日本人のほうが特殊であるのだと理解できれば(実際、動物は普段リラックスしている)、違って見えてくる。突然、普通の人に見えてくるのである。
この発想の転換が大切である。この発想の転換がないと、完全にリラックスできない。英語喉ライブのとき、私は、アメリカ人の声、そしてそのリラックス度を感じながら、その雰囲気を借りる形で、私自身もリラックスしようとする。
日本人同士だと、お互いの緊張感、テンションを借りてしまうので、硬くなってしまう。
この発想の転換があって、始めて、外国人を仲間とみなすことができるようになる。
さて、最後に、発想の転換のもうひとつの課題だ。
我々日本人は、アメリカ人、あるいは西洋人(あるいは韓国人以外の外国人)に親近感をいだきながらも、なにか、いまいち、近づきがたい印象を持っていないだろうか?
以下は、昭和の天皇陛下とマッカーサー氏の写真である。日本人にとっては、マッカーサー氏が、ものすごく威圧的に見える。この写真が戦後の日本とアメリカの関係を物語っているようだとするのが普通の日本人の解釈だ。
しかし、マッカーサーはただ単に普通にリラックスして立っているのだと洗脳するぐらい念じてから、それが見えるまでじっくりこの写真を観察してみよう。コツは、マッカーサーを単なるおっさんと思うことだ。
その感覚でもって、外国人と会話するのだ。そうすることで、完全なる平等な立場を得ることができる。それこそが、束縛からのLIBERATIONである。その感覚で英語を喋ろう。
今朝、ダッジ車で走行中、対面から来たダッジ車の白人のおっさんが、指でサインを送ってきた(クール!という感じで)。ダッジ車同士の間のコミュニケーションで、TOYOTAに乗っていたときは経験しなかった。こういうこと何回も経験するうちに、以前、アメリカ人が冷たいとか、日本人を差別していると思っていた自分を恥じる瞬間である。
さて、最後に、応用編だ。以下は日本人より日本人らしいと言われているダニエルカール氏の動画だ。これを見ることで一体、日本人のように見えるとは何なのかを考察しよう。
金曜日に、近所でベトナムラーメンのPHOを食べに行ったら、10人ぐらい日本人のサラリーマンがスーツ姿で登場したのだが、現場に緊張感が走ったかのようだった。ベトナム人や中国人も客にまじっているが、なんとなく、ローカルのアメリカ人と同じオーラを発している。しかし、我々日本人は、この上のダニエルカール氏がはっするオーラを持っているので、外国に出るとかなり目立つ。
アジア人のもつ緊張感をパロディーとして笑おうということなのか?GQマガジン(ファッション雑誌)の写真に、以下のようなアジア人が登場する。
このイメージを払拭するには、我々日本人がリラックスし、クールになるしかないと思うのでした。
がんばるぞ~~~。
カズ先生、こんばんわ。
ご無沙汰致しておりますが、お元気そうですね。
日本は最近、好天気が続いております。先日、秋らしく松茸が居酒屋でも出るようになったかと思いきや、そのほとんどは中国産だそうであります。味は結構美味しい。日本では暑すぎてあまり採れなくなっているとか。
私も剣道をやった経験がありますが、大抵の三流の体育教師は、(柔道や空手など他の武道も同様に)力む・気張ることが良いことだと勘違いしているのでしょう。気合いを入れることの本当の意味が分かっていません。
しかし、本当の一流の武道家は、リラックスすることこそが本当に力を発揮できることであると知っていますね。これは、プロレスラーなども同じだそうです。プロレスの神様・カールゴッチも似たようなことを言っていました。
気張ると力を失い、くつろげば力が湧いてきます。気張るときは体内のエネルギーを消耗するときであり、くつろぐときは内部から力を生じているときです。
これは生理学的にも心理的にも事実だと思います。たとえば、気張って筋力トレーニングをするときは、筋肉の中の繊維を破壊している(力を失う)状態であり、むしろリラックスして休んでいるときこそ、筋肉が超回復(新たな力が湧く)して大きく成長します。
喉発音を行うと、それを実感することがあります。
少しリラックスした方が、綺麗な声が大きく出せるように感じます。考えれば、口と喉を力んだら舌と声帯が萎縮するから、声が濁って小さくなるのは当然ですよね。
>このイメージを払拭するには、我々日本人がリラックスし、クールになるしかないと思うのでした。
>がんばるぞ~~~。
ハッハッ!
この最後のお言葉が、やはりカズ先生は日本人であることを証明していますね。
がんばるぞ~~ と思ったら、力んでリラックスできなくなりますよ。(笑)
目標の実現に向けて努力することは大切ですが、頑張ったら力が出なくなります。
気合いを入れるのと、頑張るのとは違うのでしょうね。
頑張るときは、頭・脳に血液が大量に上って自我意識が高揚し、全身の神経と筋肉も緊張しますが、本当に気合いが入ったときは、無我の境地になるそうです。最高にくつろぎ・リラックスして全力を発揮できる状態です。武道の極意でもありましょう。
長くなって、失礼しました。
今後とも、お元気で(頑張り過ぎないで!)ご活躍ください。