April 2011

シャドーイングについて+ルート音から始めよう(英語喉22ページ)

シャドーイングというのは、英語を聞きながらそれについて、繰り返すという作業だが、私の感じでは、それは、練習のためというより、聞けているかを確認するためのテストみたいなものじゃないかなと思っている、、、 でも、ま、練習につかうならこんな風にしたらいいのじゃないかなと思うこと。 最近、自動車にサテライトラジオがついていて、フランス語の歌やニュースも入ることが判明。だから、ちょっと考え出したことだ。 練習のときは、個々の音を繰り返すのをちょっとおいておいて、ルート音だけで音についていってみよう。 ルート音だけを真似しようとしてみてくれ。口のほうは、とりあえずおいておいてね。 ルート音が分からない人は、英語喉の22ページを見てください。 首の根元辺りで切れないで継続して響く音がルート音。そのルート音だけでまずは真似する。 そして、少しづつ分かるところは、音の音色、個性のままに繰り返す。 思うに、英語だけでなくて、わざと知らない言語でやるのもいい。フランス語か、スペイン語とか、とにかく、東アジア以外の言語は、喉発音だし、また3ビートだから。 さて、シャドーイングにちょっと似ているのだけど、英語の歌もこれで覚えてしまおう。 歌詞カードは見ない。音楽のジャンルは、カントリーのように、ま、はっきりめで発音するのがいいでしょう。歌詞が大切だから、分かりにくかった意味がない音楽なのです。 最初は、喉ミングだけ(ルート音だけ)。 そして、何回も聞いているうちに、分かった単語などを明瞭にしていく、、、でも口発音にならないように。 それでは音声で一緒にやってみましょう! www.estat.us/blog/shadow_04_22_2011.mp3

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喉の心理学

香港からの人に対して、ちょこっと知っている中国語のフレーズを、ちょっとだけ喉発音ぎみで言ったら(プラス、ものすごいお調子者のように、シラブルを強調して読んだ)、「あなたは絶対に中国人の彼女がいたんじゃないか?」と、言われて困った。目がマジだ。 まさか、私は中国語の学習本を一度も見たことがないとか、実際、一回も、勉強しようとして中国語に接したことがないということを言っても信じてもらえない雰囲気だった。 中国語は英語のような喉発音というわけではない。口発音傾向が強い。しかし、喉のところで音を切らないので、アクビエリアぐらいはつかって発音するとうまくいく。そうしないと中国語のLとRの違いなどだせない。 さて、よい体験をした。 喉実践者+アメリカ人で談笑していたのだが、喉実践者氏と日本語でも喋っていたために、英語を喋るときに、ちょっと体が緊張ぎみで、声が小さく、また響きが少なくなった。 それを喉実践者氏につっこまれてしまったのである。「響きがたりてませんよ」と。 これはうれしかった。なぜかというと、これまで英語喉を提唱してきて、逆に、つっこまれる、アドバイスをもらう、というのは、そうそうないからだ。 その指摘を受けて、あ、そうだと思って、大きな声で喋った。 さて、そこにはアメリカ人が3人いた。一番遠く(2メートルぐらい)にいるアメリカ人が、何か、私に喋りたそうな顔をしていた。 変だな、、、、、。 タイミングをつかんだ彼がこう言ってきた。 「俺は日本語を大学で2年まなんだんだ。」 と。 あ、だから、日本語を話す俺に、そのことを言いたい顔をしていたのだな、、、と。 なぜ、これがうれしかったのかというと、それは私自身が、よくスペイン語を喋る人に話すときに、「私はあなたの言語を喋りますよ」ということをアピールするときの気持ちと同じだ。 あるいは、英語をまだ大学ぐらいのとき勉強しているときに、留学生に英語を教えてもらいたいなあと思った素朴な気持ちに似ている。 なんか、平等な感じがしてよい。そういう人の素朴な気持ちを経験できるのは、英語喉で、他の国の人と、完全に平等な立場になれているからだろう。 落合信彦氏のアメリカ留学の経験のエピソードが面白いのは、落合氏がアメリカ人の学生達と全く同じ立場にたっている様子が描写されているからだ(アメリカ人と喧嘩して空手を使うとか、そういうような話、、、ブルースリーみたいだ)。しかし、英語喉なしでは、そうはいかないのが普通だ。 二つのエピソードを紹介した。ひとつめは、私が普段、人に対して指導(?)していることを、他人が私にしてくれた、、、と言う点で、なにやらうれしい。 英語喉の世界には、厳密には、先生VS生徒という、永久に変わらない身分制度はない。 英語喉の世界は、自分が自分の先生になるのだと思う。 二つめのエピソードは、これも英語喉さまさまなのだが、喉発音をしているから、アメリカ人が普通に接してくれるわけだが、そういうなかで、あちらからこちらに、話してみたいという感じで持って話をしてくれるのは素朴にうれしい。 英語喉を経験していない場合は、いつまでも、ネイティブへのあこがれと憎しみみたいなものがいつもつきまとう。 しかし、英語喉をやると、西洋人はただの人になる。英語はただの言語となる。 コーヒーブレークとして、機関銃英語に載せる予定だったけど、スピースの関係で載らなかったことがある。それはジーナのアドバイスだったが、英語喉で西洋人に接するとき、特に、日本で接するときに、「外人だ」というスタンスではなく、他の県から来た人みたいな感じで見るといいというアドバイスだ。 つまり、お~、外人!って感じではなく、 あ、アメリカ県から来たの?わしは、広島じゃけん、、、 みたいな感じで付き合うのがよいそうだ。 いいアドバイスだな~~。 でも、よく見ると、ヨーロッパの人とか、イタリア人とかフランス人とかおるけど、彼らのお互いに対する視線は、そんな感じですな。 アジアの国々も、違う国という感覚ももちつつ、違う県から来た、基本的には同じ人間、、、って感じになるのがよいのだろう。

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基礎とは何か?+日本人が共通に間違う箇所(3)

まずは音声アドバイスからです。 日本人が共通に間違う箇所(3) レッスン9,10,11です。 www.estat.us/blog/nihonjin_04_20_2011.mp3 さてと、、、 1994年にシカゴ大学の大学院(1年目)で統計学をとったときの話だ。日本人の先生だった。当時はUNIXで統計をやっていたのだ。SPSSのUNIX版というやつだ。SPSSの使い方以前に、UNIXの使い方が分からない。だから、その先生に、それが分からないと言ったら、「それは基本的なことだ」と英語で言いながら、なにやら教えてくれた。 実は、その発言を聞いて、えらい意地悪だなと思った。 「そんな基本的なことも分からないのか?」と言われたと思ったからだ。しかし、今(5分ぐらい前から)よく考えてみると、先生が意図したのは、それは基本的で大切なことだから、ちゃんと教えてあげましょう、、、どれどれ、、、という意味だったのではないか。 いや、そうに違いない。だって、面倒見のよい先生だったからだ。 普通、日本人の考える基礎、基本ってのは、常に、立場の上の人が、下の人に説教をするときに登場する。 おまえアホか、まずは基礎を固めろ!とかね。で、だからと言って、基礎を教えてくれるということではなく、「そういうことは自分でまず調べろ」と来る。 「まずは勉強してください」って奴だ。 <ここで脱線。その先生に中間試験のときだったか、試験範囲について、XXは出題されるかと聞いたら、英語で、PRINCIPALLYには出すとおっしゃった。で、俺は「基本的には出すことになっているけど、出しません」と解釈したのだけど、他のアメリカ人のクラスメートは、「基本的な問題なので、そこは出すよ」と理解していた。 脱線終わり。> 英語喉パラダイムでは、基礎ってのは、それがないと、他のことをどんなにがんばっても、向上しませんよって部分だだ。 最近、ジャズギタリストのMASAとアドリブの会話をしているが、前だったら、MASAさん、私はこんな感じで、アドリブしてますよと言って、音声をUPしただろう。 なぜ、それをしないか、、、? 実は、1月の引越しのときに、エレキ用のピックがどこに行ったか分からなくなった。ダンロップ社製で、固く、そしてティアドロップ型と呼ぶと思うが、先がとんがっている。 それじゃないとエレキが弾けないのだ。 かわりに、アコギようの、うすっぺらいピックはある。それだと、確かに、アコースティックギター特有のストロークなどは楽にできる。しかし、エレキで自分の好きな感じで弾くには、無理があるのだ。 ギターを弾かない人にとっては、ピックなんて、ま、どれでもいいじゃないかと思うかもしれないが、ギタリストとギターの接点は2箇所。左指と右手にもったピックだ。ピックだけで、半分だ。 ピックがいつものじゃないと、ギターを弾く気さえ起こらないのである。 ピックは私のギター演奏をする上で必須の条件なのだ。 つまり基礎なのである。 UNIXにまず接続することをしなければ、SPSSも統計もできない。UNIXに接続する(LOGIN+パスワード)が基礎だ。その次はVIだとかEMACSだとかのEDITORを知らないといけない(私はEMACSを使っていた)。 私にとってもギター演奏では、ピックが基礎なのだ。 英語にとっては喉だ。 それがないと、全体が成り立たなくなるのである。 さて、差しさわりがないと思うので、書くと、産経新聞さんの記事のご縁で、耳の不自由な日本人のかたに英語喉が届くように手配した。でも、KとGの日本語での違いが分からない、、、とおっしゃったのだが、それで、う~~ん、その場合はどうなるのかな~~~と、かなり悩んでいたのだ。だって英語喉では、日本語にもあります、、、って言っているからだ。 で、基礎とは何かなんて考えていたら、あるアイデアが浮かんだ。 きっと、理論的にはKとGの違いをご存知のはずだ。Kはいわゆる無声音、Gはいわゆる有声音。喉の声帯を振るわせるということも理論的にはご存知だろう。 だから、たぶん、英語喉的に喉をやや緩めにして初めて、それらのことは可能になるのではないだろうか???? つまり、理論的には分かっていても難しかった理由は根本のところである喉の響きが足りなかったからではないか??? マケイラさんの時も、音が私達と同じようには聞こえていないのに、どうして、音の調整ができるのかと思ったのだけど、例えばSHEETのイをそのままゲップエリアに移行しただけでSITのイになったのである。 喉を開放して、そのままおろせば、そうなる、、、。 日本人の場合は、頭に「イ」という音の先入観があるからこそ、喉の発音位置を変えただけでは、だめで音色をまねる必要がある。 これは、かなりショッキングなことかもしれない、、、。 基礎とはなんぞや。 英語発音においては、無心になり、喉の底あたりを響かすことだ。 それが基礎で、それをしていないと、他のことは全く成り立たない。

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