August 2014
喉発声で音程のベンディング練習
ギター、菅原里奈先生のハローボイス、英語喉で歌唱の練習です。ギターのベンディング(日本語ではチョーキングと言う)にあたる、継続的に音程が変わる音の練習をしました。皆さんも挑戦してみてください! http://www.nippondream.com/file/ku_hello_voice_08_21_2014.mp3 http://www.nippondream.com/file/ku_hello_voice_08_21_22014.mp3
動詞の進行形
作家の(と言っても、この一語で表せない活躍をされている)松井博さんが、“I am loving it!” って正しい表現なの?というエッセイを書かれていました。 https://cakes.mu/posts/6715 松井さんのTWITTERアドレスです。 https://twitter.com/Matsuhiro さて、私は松井さんのエッセイを読んだときに、え?と思いました。なぜなら、動詞は全ての動詞が進行形にできるからです。 例えばI am loving it!を松井さんは、文法的には間違いっぽいが、実際には使うと定義されております。 私は、I am loving it!は文法的にも正しいが、仕事やアカデミックな文書などには、登場しないと言うでしょう(LOVEが進行的に起こるという特殊なシチュエーションが普通はフォーマルな文書には現れないため、、、LOVEはいちいち現在進行にしなくても、感情なので、進行っぽいわけだけど、それをあえて進行形にするほどの特殊な状況は日常生活には起こるだろうが、机について書くフォーマルな文書で、そこまでこだわる必要がない、、だからと言って、LOVEを進行形にしたら文法間違いということではない、、というのが私の考えです)。 ただし、意外と結論の部分では、そんなに私の考えと松井さんのエッセイの主旨は違っていませんでした。 私の世界観では、全ての動詞が進行形にできます。だから、英語は比較的簡単に喋せる言葉で、あまり例外がありません。 では、動詞によって進行形になるものと、ならなものがあるという「世界観」では、英語を喋るのが難しいと思われます、、、が、、、、(ここが大切)、、、 そういうことを気にして英語を喋るのは、逆に高度な技術なので、誰もやっていないと思われますから、心配する必要もないでしょう。 私の感じでは、「全ての動詞が進行形をつくれない」という言い方は、「言説」であり、おそらくですが、このことが英語の先生の権威、パワーを少し上げるということじゃないでしょうか? ここからは、松井さんのエッセイのクリティークというより、もう25年ぐらい感じていることで、本サイトでは8年間ぐらい言い続けていることです。 例えばですが、ネイティブは、そんなことを知りませんから、「そんなこと知りません」とネイティブが言うとすると、「ほらね、ネイティブは英語が母国語だから、文法の細かいことを知らないんですよ。だから、英語は、日本人の先生から習うのがいいんじゃない?」ということになり、日本人の英語の先生の権威を上げるのじゃないかな。 もう一つ、私の言っていることが正しかった場合ですが、説明が短いのです。私は大阪の高校で2年、英語の教師をやっておりましたので、分かるのですが、クラスには47人生徒がおりまして、人数が多いと、講義形式にならざるをえず、そうなると、何か言わないといけないのです。説明をたくさんしなければいけません。全ての動詞が進行形にできる、、だと説明が3分で終わります。動詞によっては、、、だと20分ぐらいは喋れますし、「君達、覚えてくださいね」と暗記のネタ、試験のネタにもなります。すると生徒が静かになります。生徒が静かになると、教師はまるで、自分の力量が上がったような感じになりますし、また他の同僚も、XX先生は力がある、、と納得してくれます。生徒が静かになると、教師は、「生徒の目が違ってきた」と陶酔します。 日本の学校の英語教育はミシェルフーコーの言うところの「言説」なのです。「真実をめぐる言説」なので、内容的に正しいかどうかではなく、言葉をつむげるか、ミクロのパワーを生成できるか、その場の権力関係のバランス維持に貢献するか、、ということが言説の特徴です。簡単に言えば、先生のためにある。 フーコーに関してはここを参照。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%BC 40人ぐらいの生徒を45分間、静かにさせておくための装置、、、これが英語教育であり、教育なのです。 もしかして、教育が生徒のためにあると勘違いしてました? 私が語学が得意だったのは、おそらく、日本の文法書が何と言おうと、動詞は全てが進行形にできると(無意識に)思って英語を喋っているからだと思います。実際、スペイン語でも、同じに違いないですから、なんと人が言おうとかまいません。このことで世界がすっきりしますし、実際、英語でもスペイン語でも喋れます。 ところで、最近は、新しい授業のやり方が模索されているようです。反転授業というのをご存知でしょうか?生徒は家で教師の作った動画などを元に理解を深め、授業では、実践的な作業、グループワーク、プロジェクトワークなどをして、理解を実践力に変えるというような取り組みのようです(それだけではないと思います)。私はFB上のグループに入れてもらっています。 https://www.facebook.com/groups/hanten/